ベトナム人のフェアとアンフェア 【ベトナム一年目。】

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。

去年の7月からベトナムで働かせていただいているのですが、ちょうど今月でベトナム駐在1年となります。

その間、いろいろなベトナム人達とのかかわりを重ね、楽しいこと意味不明なこと、たくさんあり、そして最近やっとベトナム人の考えていること、民族性が段々理解できるようになってきました。

今日はそのことについてちょっと書きたいと思います。

 

まず、ベトナム人には、彼ら特有の判断基準があるような気がします。

それは「フェアかアンフェアか」。

何を決めるにしても、この考え方は切っては切り離せないモノのようです。

 

特に自分にとってアンフェアな部分。

まず何かをするにしても、彼らはアンフェアな部分を見つけるのが上手い。何かつっこめるところを見つけるととことんつっこんできます。自分が置かれている状況のどの部分が、周りのどこどこ誰々のどの部分と比べて、いかにアンフェアなのか。損なのか。比較します。

そしてその比較対象を根拠にして、今現在、自分がどんな損な状況に追い込まれているかという魅せ方、“アプローチ”もすごく上手いです。

 

だけどアンフェアな部分だけをただ主張して、終わるだけではありません。

彼らはフェアにするにはどうしたらいいかも同時に考え、自分にもちゃんと利益がでるように、でも周りも納得できるような、“これだったらギリギリ公平でしょ?大丈夫でしょ?感”の漂う要求を提示してきます。

ただ、交渉内容は、なんでやねん!とツッコミたくなるような内容が多いです。笑

 

そこでふと思います。あれだけフェアかアンフェアかを気にするのは、アンフェアな部分を良いネタにして自分の利益を増やしたいからだけではないか?と。

 

そういう考えは当然行きつくとは思うのですが、

でも、そういう雰囲気じゃないときもあるのです。

 

彼ら、フェアな解決策が思い浮かばなかったのか、ただ主張するだけになってしまった時でも、こちらがしっかり説明して、「これはフェアなんだ。」と理解すれば、最初のあの熱弁はなんだったんだ!?っとびっくりするくらいあっさり受け入れてくれます。「OH、OKOK。じゃあ大丈夫!」みたいな感じ。

 

そういう時には、やっぱり、ベトナム人の考え方として、「みんなが平等じゃない」っていうのが気に食わないだけなのかと思ったりします。

 

そして、この「アンフェアなこと」を遠慮なくぶちまける。これはベトナムの民族性の一つなのではないかと。

 

ベトナムで仕事をしていると、自分がそんなに気にせずしていたことや、会社のルール、店での運営方法が、時にスタッフにとって不公平なモノだったり、当たり前だと思っていたルールに実はちゃんとした根拠が無かったり、そういうことをスタッフはいち早く見つけ、なんのためらいもなく私に直接言ってきます。ものごとが決まりかけてるときでも遠慮なく…。

しかし中には、たしかにそれは直した方がいい。ってことや、このやり方じゃベトナムでは合わないのか、という発見もたくさんあります。

 

「フェアかアンフェアか」、時にモノゴトの進捗を鈍らせるベトナムの民族性かもしれません…。

しかしこの鋭い検閲のようなもので出た意見を、ちゃんと精査し判断できれば、その意見を使ってもっといいお店づくり、サービスができるんでないかと今は思っています。

 

スタッフが言ってることだから。彼らがそうしたいだけ。なんだかお客様が理不尽なことを言ってる。東南アジアで現地社員教育は大変。

 

このセリフ耳にタコができるほど見聞きました。

 

しかし、それだけで片付けるのではなく、彼らがそう考える“理由”“民族背景”も考えていくことで、もっとベトナム人に受け入れられるサービスの方法が見つかるんじゃないかと。

だって、私たちが生まれてきた環境・国の歴史・地理関係、全て他国にでると全く違うのだから。

 

また、民族性を知ることは人間関係でもおおいに役立ってくれています。

今まで日本人の感覚とズレすぎてる部分に、思わず沸点も下がってしまう時が多々ありましたが、相手の生きてる環境の背景を知ることで、考え方の違い、というものを受け入れられるようになりました。

彼らの考え方は、やはり私たちと違います。怒りのツボ、不満を感じる部分、またモチベーションが上がるタイミングも、似てるところもあれば、違うところも沢山あります。

だからこそもっと彼らを知らないと、スタッフはもちろん、社外の方々とも良い関係を築けない。成長できない。

私はベトナムが好きです。だからもっと沢山のベトナム人にオンデーズの眼鏡をかけて喜んでもらいたい。彼らの生活の一部として役立ちたい。

 

民族性を知らずして商売できず。

 

私があたかもベトナム人のように過ごしているのはそういう理由。

好きで排気ガスが蔓延する道を毎朝バイクで運転しているわけではないのです。

 

なので私はこれからも、どんどんベトナムの世界へダイブしていくことでしょう。