発展途上国のノスタルジー【カンボジア】

人生の中で私にとって初めての発展途上国はベトナムだった。

 

だから自分はある程度の発展途上国であってもその中に入って生きていくことには自信もあるし、もともとカオスな国だと分かってるから、何が起こっても平常心で居られると思っている。

 

しかし最近行ったカンボジアという国では、そんなベトナムでもあまり出くわさない、とても素敵でエキサイティングな事がたくさんあった。

いい意味で脳に微量の電気ショックを定期的に与えられ続けているようで、非常にいい経験だった。

 

発展途上国であるカンボジア

皆さんはカンボジアという国には行ったことはあるだろうか。

この国はもともと侵略にさらされ、隣国の戦争に巻き込まれと、平和な時期がそんなになかった国である。

特に1979年までのポル・ポト政権下では、4年間で国民の4分の1以上が殺害されるという大変悲惨な時代をも経験している、という事はよく知られているだろう。

多分私の世代だと、その直後の内戦による地雷問題について小学校あたりの平和学習で学んだことが、カンボジアを知ることになる第一発目でないかと思う。

 

私は小学校でそのカンボジアの地雷について知ったその時期から、カンボジアは貧しいし怖そうな国だけど、なんとなく行ってみたい国の一つと思っていた。

だけど結局、ボランティアくらいしか行く機会は無いというイメージがあり、行かずにこうして大人になってしまった。

 

ただ、オンデーズという会社で働いていると、世界はずっと近く感じてくる。

カンボジアは既に身近な国になっていたし、

今年中には必ず行くと決めていたところ、ちょうどベトナムは旧正月で店舗が閉まるということで、今回は念願のカンボジア、世界遺産アンコールワットのあるシェムリアップに行くことに決めたのだ。

 

 

そして来て見てすぐに感じたことが一つある。

 

この街は「観光客側」と「現地人側」がくっきりと区別されており、「現地人側」は「観光客側」で生み出される仕事をして、生活をしているということである。

 

 

 

「現地人側」と「観光客側」の対比

シェムリアップでは物価もインフラも食べるものも全て、「現地人側」と「観光客側」とで区別がハッキリしている。

この二つはまるで別世界。

現地の人たちは、その別世界で転がっている儲かる仕事をこなし、そこで得た報酬を自分の家族の生活に充てているようだ。

 

街の明るい部分は全て「観光客側」用に作られた観光街。そしてそういった場所、(例えば空港やホテルやスーパーマーケットなど)は、たいてい綺麗で清潔感のあるデザインとなっている。こういうところにはバーもレストランもあり、文字通り栄えている区域だ。

 

しかし、明るくない部分、つまり電気がほとんどなく、赤土にまんま晒された土地というのは、現地人側が暮らす土地で、そこは私が居るような「観光客側」のインフラとは天と地の差がある状態なのだ。人々はトタン屋根の小屋で物を売っているし、そこにはバーもレストランもない。

 

その対比が私にはどうしても異様に思えたし、到着早々抑えきれないものが悶々と出て来てしまった。

 

 

 

「現地人側」の生活について

 

ここで、天空の城ラピュタのモデルになったと噂されていることでも有名な、ベンメリア遺跡へ行った時の話をしてみたい。

 

このベンメリア遺跡というのは、ガラガラに破壊されていた古代の遺跡を自然のままに伸びた木々が絡み合って、まさに文字通り神秘的な雰囲気を醸し出している遺跡。

日本人用ツアーにもよく組み込まれている人気スポットの一つである。

私は結構ミーハーなところがあるので、ここは絶対に見逃せなかった。

 

Processed with VSCO with c1 preset
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ただ、ここはシェムリアップ郊外の方にあり、中心地から約2時間かかる地域にあるため、通常一般客はツアーか何かで行くらしいのだが、私はそういう手配は全くしてなかったので、仕様がなく今回はトゥクトゥクで行くことにした。

 

トゥクトゥクで2時間といっても、まぁ風が涼しいからいいだろうと考えていたのが間違いで、思った以上に揺れるのと、激しい砂埃が口や目に入って来て、復路では謎の神経痛が発症した。

(ちなみにその日はホテルに到着した16時くらいからはずっと寝込んでしまった。)

 

ただそれでもいいと私は思った、トゥクトゥクにして良かった。

その2時間の中で何となく「現地側」の生活を垣間見ることができたし、観光客という存在がここではどういった物なのか感じることができた。

 

 

 

トゥクトゥクで2時間。とにかく揺れる道中。

こういった田畑と民家が続きます。

 

実はトゥクトゥクが予想以上に揺れたため、全然写真を取れていない。

 

ただ乗っていて感じたのは、観光地にもマーケットにも遠い郊外の地域は、まだまだ壁も屋根もしっかりしていない家で住んでいる人がたくさんいたこと。これはシェムリアップ中心地近くでは見られない光景だった。

 

この2時間のうちに「現地人側」内での格差があることも目に見えて感じた。

 

それが観光業という「外国人側」への仕事を取れているか、取れていないかの違いも関係しているという所は決して否めない、というのが個人的な意見である。

 

「現地人側」内でも、綺麗に塗装された隙間の無い良い家に住んで居るのは、やはり儲かる観光の仕事の一部を担って居る人たちだと思うし、逆に今にも崩れそうな家で住む家族というのは、観光業だけでなく他の仕事も手に入れられない何か「理由」を持った人たちなんだと思う。

それは私が勉強した地雷の犠牲者の人だったり、病気で働けない人だったりするのかもしれない。

その「理由」については、この旅では明らかにすることはできなかった。

 

だけど、儲かる仕事を取ることができる人の境遇と、できない人の境遇とでは、「現地人側」の人間同士でも、大きな格差が生まれているということは、事実なんだと私は思った。

 

「観光客」が「仕事」を生み出す

観光業というのは紛れもないシェムリアップの人たちの仕事を増やす要になっている。

そして今まで貧困の中で生きてきた現地人の生活を、潤していっているのは紛れもない事実である。

 

ただ潤うのはその仕事を上手く獲得できた、いや、できる境遇にある人たちだけなのかもしれない。

医療も教育も発達していないこの国で、病気の人や身体的に不自由な人、さらにそういった人を親に持つ小さい子供は教育をまともに受けられないのではないか。

そしてこういった人たちはいつでも貧困に晒され、仕事という存在から常に隔離されている状態のなかで暮らしているのではないだろうか。

 

いくら「観光客側」で仕事が増えていっても、「そちら側」に行けない人たちはたくさんいて、そういう人を助ける取り組みを国がしない限り、貧困からは根本的には抜け出せないような気がする。

 

 

カンボジアに思うこと

 

今回は数日間だけだったけど、カンボジアはすごくのどかで良いところだと思ったし、深い歴史もあるので神秘的な部分にも惹かれた。

人々は礼儀正しく純粋で、人への思いやりが強く、激しい争いは好まない。

ヒンドゥー教に仏教が少し混ざったような文化なので、そういう性質なのかもしれないが、やはり隣国のベトナム人とは全く違った国民性。

どことなくタイに近い人柄を持っているような感じがした。

 

ただそんなにも豊かな国なのに、

実際に暮らす現地の人々の生活は、「観光客側」の世界と比べ落差がとても激しく、かなりショックが大きかった。

これからはタイのように益々発展して行って欲しいし、さっき言った根本的な部分を直して行けば、どんどん豊かな国になっていくのになぁと感じた。

 

今度は観光地があまりないプノンペンなどにも行ってみたい。

そうすれば、もっと深いところまで、いずれ知ることができるのではないかと今思っている。

 

 

これが数日間カンボジア、シェムリアップに滞在しながら悶々と考えていた事である。

この数日間だけのことだから、本当は違う!というところもたくさんあるかもしれないが、それは教えて欲しいし、これから何回か滞在して知って行きたいと思う。

 

私は危険な目は怖いし、不衛生なところはやっぱり嫌だし、暑いのも嫌いだけど、そういう所で暮らす人がまだまだたくさんいるのがカンボジアかの実情なのかもしれない。

だからもっと深くまで知っていきたい、そう私達に思わせて来るのだろう。