英語云々より、自分の「夢」にどれだけ情熱を持つか。【海外で働きたい人へ】

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。

今日は自分の過去に触れて少し書いてみようかと思います。

 

「海外で働く=英語話せる」という図式。

 

これにより、友人・親戚・同僚から、「英語ペラペラなんだね、いいなー。」等々、言われてしまうのは、海外で働かれてる方のあるあるだと思っているのですがどうでしょうか。

特に自分の大学時代。

外国語大学に通っていたためかよく周りから、

「英語話せるなら海外で就職できるやん、将来は外国人と結婚するの?」みたいなことを、定型句かのように言われ続けてました。(主に親戚・他大学の友人から。)

そのたび、その方々の、「英語話せる=海外で働く。住む。」という謎の思考回路に、私はいつもハテナを浮かばせながら、笑ってその場をやり過ごしていた気がします。

 

「英語が話せない人は海外で働く選択肢はない。」

周りで就活している他学科他校の友人もほとんどこの常識で動いていました。IT企業に就職したい、給料が高いところがいい、などそれぞれ基準は持っています。しかし、決して日本の枠から出ることはない。出よう者がいるなら、「じゃあ英語が話せるんだすごいね。」という結論になってしまう。そして周りのそういった常識に、おかしいと思いつつも、私は少なからず影響され、落ち込むことがあったのも事実です。

何故なら私は、外国語大学に行っていたとは言え長期留学もしておらず、みんなが思うように英語はペラペラではなかったから。

 

海外で働きたい。その気持ちは大学に入ったころからありました。

しかし大学中盤で、自分の学力が足りず留学に行けなかった時、ショックでやっぱり日本で就職しよう、となった時がありました。

そのまま就活の時期も近づき、海外に日本のモノを流通させる貿易会社に魅力を感じ、そこで働こうと徐々に妥協し始めました。

 

さてその頃ですが、“昔の知られざる歴史。戦前の秘蔵映像。教科書に載らない歴史の事実。”

そういう類のものが好きで、Youtubeで関連映像や映画を見たり、記事を探して読んだりをよく日常的にしていました。(今もしています。)

 

そしてちょうど、ある話が自分に影響を与えてくれました。

それはカナダ・ブラジル・ハワイ等異国の地に移住した、日系一世にまつわる話です。

 

彼らは100年以上前の日本人です。かつて日本に住み、当然日本語しか話せなかった。けれど外国では大金を稼げると信じ、たくさんの日本人が日本を離れ、外国に夢を抱いて旅立っていった。しかし実際は思い描いていた桃源郷では無く、人種差別等の壁に道をふさがれるときもあった。しかしお金をかせぎ、家族を養うため、それぞれの目的があるからこそ彼らは立ち向かっていき、今の日系二世、三世まで続いている。

 

目的・目標があるなら、言葉が通じなくとも、逆境があろうとも関係ない。生きる力、情熱が凄まじいと思いました。

 

この人たちに比べたら、自分はなんてちっさい考え方で生きてるんだと思いました。自分の目的・目標があるなら、夢を抱いて突き進めばいいじゃないか。

今自分が妥協しようとしてるのは、自分に自信がないから。海外につっこんでいって失敗して恥ずかしい思いをしたくないから。たったその思いだけで本当にしたいことから目を背けるのは、全然情熱的じゃない。つまらない人間のすることだ。

 

私がしたいことは、自分の知らない世界の裏側や仕組みを知り、知識を蓄えること。その知識を使い、作り上げた何かで、できるだけたくさんの自分以外の“誰か”に価値を与え続けること。死んだあとも、語り継がれるようなビッグな人間になること。 その夢をかなえるには、日本という狭い領域に縛られていてはダメだ。

 

その後にもいろいろ自分の考え方を変える、成長に繋がった出来事がちらほらあり、

最終的には、すぐ海外に行けるチャンスがあると知り、オンデーズに入社。

そのあと2カ月で、海外に行くことが決まりました。

 

英語話せるということ自体が、別に大きなステータスではないと思います。それだけ持って、海外で成長していけるとは思いません。

むしろ英語話せなくても、自分の中でのやりたいこと、「夢」のために、海外で働くことが必須ならば、何も余計なことは考えず突っ走ればいい。行ってからはなんとかなります。

自分の奥底にある「夢」に正直に生きるか、妥協し先が見えるところで一生キープし続けるか。

 

一生後悔するよりも、かなり不安で、でもワクワクする方に突っ込んでいく。

それが私の成長の糧、そう信じて人生を謳歌します。

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