私が『ぺスクタリアン』になる理由。

前記事:自分を変えたい人に言いたい。挑戦ストッパーの話。

で今すぐ人間の昔の名残である、挑戦への恐怖をコントロールし、環境を変えていけと言いました。

この記事ついて補足と、最近始めた私の「挑戦」について書きたいと思います。

挑戦ストッパーの話でもそうですが、私の考えはポジティブだとよく思われます。

でもこれはポジティブという感覚でなく、客観的に、論理的に見て、人間社会はこうなっていると分析して出た結果の行動で、決して私の性格ではないです。

この論理的に見て出した結果を、論理的だと思うひとは、論理的に従えばいいと思います。

いや、これは違う。と思っている自分の中に別の持論がある人は、その持論を信じて生きればいいと思います。

その内容が何であれ、持論を持ってる人は魅力的で、その持論を世間に示しながら生きている人は、カッコイイです。

なぜなら、人間十人十色と言われても、結局大きく分ければ思考パターンはいくつかに分けられていて、同じパターンの人が何千万もいるからです。

自分の持論に共感する人は、世界に何千万人と実は潜んでいるんです。

だからこそ、持論に従って生きている人は、味方が集まるし、人生が楽になっていきます。

「いや、自分の考えは誰にも理解してもらえていない、周りに味方が居ない。。」

そんな人は、ぜひ包み隠さず自分の考えを世間にアピールする声を大きくしてみる

そのためには、環境を変えることに抵抗がないコンディションにしておくことが重要です。

その時に、私が前記事で言った挑戦へのストッパーの話になるんです。

自分は比較的誰よりも論理派の思考だと思っています。

少なくとも、感情で動くタイプ、ではないです。

だけど、私は綺麗な湖でボート遊覧したいと思いますし、大切な人と別れる時は、情緒的になります。

人間は地球上で一番知恵を持っている動物です。

だからこそ、感情と論理をマネージメントしながら生きれば豊かになります。

それが私の『挑戦ストッパー論』の源となっているんです。

私が最近始めた挑戦も、以上の持論から出たものです。

最近私は、魚を食べる「ペスカタリアン(Pescatrian)」という生活スタイルを始めました。

朝はゆで卵2個、昼と夜は豚や牛などの哺乳類の肉が使われていない食事をします。

ペスカトリアンは魚を食べるベジタリアンと言われ、世界中で大幅に増えてきた生活スタイルです。

私がペスカトリアンを実践する理由、それはまさにさっきの「感情と論理」の話になります。

人間には思考レベルがあって(知識が遅れてるとかそういうことでなく、人々に好まれる生活スタイルの発達度の話です)、その思考レベルは国の成熟度にリンクしていると言われています。

例えば、カンボジアやミャンマーなどの発展途上国では、自分を生かしてくれるもの、つまり食事やお金に重きを置きます。

日本では生活の安全が保証された上での大量消費の時代が終わり、数年前のアメリカやヨーロッパ諸国の考えに近づいています。

自分たちの嗜好よりもその先、環境との共存を考え出すのです。

まさに、必要なものだけ消費し、浪費はしない。環境に良いものだけを選んで使用する、という嗜好パターンです。

日本ではベジタリアン実践者がほとんどおらずヴィーガンレストランも見つけることは難しいです。むしろ、ベジタリアンを批判する人だって多いくらいです。

ベトナムなどの東南アジア各国では、欧米人の観光客や在住者が多いため、逆にベジタリアンの店は多いのですが、それでも現地国民の中でベジタリアンの生活パターンを実践している人はほとんど居ません。

ベジタリアンやヴィーガンが欧米になぜ多いか。

これらは食文化とは実は関係なく、国の成熟レベルが起因しているという考えです。

日本では、魚や牛肉(和牛等)を食べるのは文化だから、というベジタリアン批判はよくありますが、よく考えると欧米なんて何千年も肉食文化だったのだから、文化は直接的な理由とは考えられないと思います。

正解は、「日本はベジタリアンが増加している国とは成熟レベルが違うから。」なのです。

ベジタリアンを実践している人が最近は6倍にも増えているアメリカやヨーロッパ諸国は、成熟レベルが次段階に移ろうとしている、又はもう移っているんです。

 

 

日本のその先を知りたい

私は自分のやりたいことの軸に、「知らない世界を知ること」という事があります。

これには理由なんてありません、感情がそう言っているのです

私は先進国と言われた日本に生まれ、2年半前にベトナムという発展途上国に来ました。でも、日本の次段階の世界は体験したことがありません。

先進国である日本と、発展途上国であるベトナムは人々の考え方が全く違いました。

売れるものも、嗜好も、生活パターンも全然違います。

だからこそ、理解するには苦労しましたが、今はどちらの国の考えもある程度理解できるし、志向がハイブリットになった気がします。

だからこそ、今の私にとって未知の世界、日本のその先を体験したい。そう考え始めたのです。

言ってしまうと、それが私のペスカタリアンを実践し始めた主な理由です。生活を欧米人の主流となるものに寄せて行き、次段階の生活を少しでも体験したいんです。

ベジタリアン、という未知の物を自分なりに「論理」的に見た結果、自分の「感情」から来る興味に従い、実際にペスカタリアンという形で実践することにしたのです。

ベジタリアンでなく何故ペスカタリアンなのか、それは私の人生の楽しみの一つが、「魚を食べること」だからです。これだけはどうしても外せません。

あとは、魚は自分で殺して調理できても、豚や牛は自分で食肉に(怖くて)変えられないからです。

自分で殺して食べられないものは、食べる資格が無い、という考え方が、なんとなく自分の中でしっくり来たので、これもペスカタリアンを続ける一つの理由としておく事にしました。

いや、そんなこと言うならベジタリアンになれよ!とか言われそうですが、自分の持論では何も間違いではないので、そんな声は無視します。

ゆくゆくは、日本もこの波に乗っていくんだと思っています。

だからこそ、未来を見る感じもしていいんじゃない?という感じで続けます。

面白いベジタリアンフードがあればインスタに載せるので、よければフォローどうぞ。

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Good morning with soft-boiled egg. #pescatarian #boiledeggs #breakfast

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