意味のない業務をし続けようとする会社は、辞めて正解

1.世間のトレンドや常識の移り変わりスピードは激しくなる。

2.言われたことをひたすら全うするだけの会社員は絶命的。

3.会社選びのコツは、会社の規模でなく“意味のある仕事にどれだけ携われるか”を基準の1つにする事。

 

もしあなたが働いている会社で、あなた含め周りの同僚のほとんどが会社の指示にただ従い、あらゆる意味が解らない社内のルールを、「そういうものだ。」で片付けながら仕事をしているようでは、この先のあなたの未来は危ないかもしれない。

 

そして、そういう社内の慣習をそのまま放置している会社は危ないかもしれない。

 

どこでも今は言われていることだけど、私たちが小さい頃、今の親世代が仕事していた時代と今とでは、明らかに違ってきている。

 

世間の常識はすごいスピードで変わっていくし、グローバル化が進むと、日本だけの常識が海外では通用しなくなったりする。

 

そういうことを知識として知っている人はたくさんいるのかもしれないけど、あまりにも実際自分のこととなると、客観視できていない人が多いと思う。

 

だからもう一度若い会社員の方は、自分、そして自分の勤める会社と向き合っていただきたい。

 

自分が会社から言われた仕事を意味もなくやっていないか?

自分のやっている仕事のほとんどは、すでに時代遅れの非効率なものになっていないか?

会社はそれに気づいているのか…?

 

スピードの早い会社では、いかに無駄な業務を減らすかを常に考えている。

無駄なことを何も考えずひたすらやるだけの会社員に対しても、これから必然的に切っていかざる追えない運命にあるのかもしれない。

 

そういった会社が行なっている事業はどれをとっても、時代に合った方向にシフトした物である。

新しい世界で受け入れられるモノ・サービスへ業態を切り替えていく。その切り替えが本当に早い。

そういった会社はとても時代に合っているし、効率的だと思う。

 

無駄なことを無駄だと感じ、それをいかに削減し、意味のある仕事を増やしていくか。

どれだけ自分が意味のある仕事、価値のある仕事に全うできるか。

 

価値のある仕事に思考を集中させることは、自分の成長にも繋がる。

 

だから、今まだ若くて、会社にちょうど慣れてきたくらいの方は、一度振り返ってほしい。

振り返った上で、自分が意味のないことを毎日指示され、やり続けていて、会社も変革する気がサラサラないのであれば、今すぐ辞表を出そう。

 

時代はもうすぐ新しい世界へ突入するのだから。

 

 

今どき会社員の生存術。

 

 

“会社のデストロイヤー” いつでもどこでも存在する。

  1. 会社に必ず存在する「デストロイヤー」

  2. 「デストロイヤー」を縛るのでなく、「価値を生み出す社員」に注力する。

  3. そして「価値を生み出す社員」に愛される会社の仕組みを作る。

 

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。

 

会社には必ず「デストロイヤー」というものが存在する。

いくら会社にいい人材が集まっていても、それらは数%必ず存在する。

 

その人たちは、自分たちが評価されない事を全て会社のせいにする。

自分たちが何も生み出していないから評価されない事に気づかず、ひたすら自分が置かれた境遇の悪さを熱弁し、会社のスピードを失速させることに精を尽くす。

周りのやる気と熱意を冷ますかのような事を平気でしてくる。

 

けれどそういう人たちに構っている必要はない。時間もない。

私たちは会社のために、頑張って働く社員のために、また自分たちの夢のために、前を向いて突き進んで行かないといけない。

 

そこで私たちがしないといけないことは、「デストロイヤー」をいかに「価値のある人材」に仕立て上げていくか、ではない。

 

大事なのは、今現在頑張っている「価値のある人材」たちをいかに目に見える形で評価するか。

社員たちにそれぞれの夢に向かってのびのびと日々邁進してもらうために、どう働きやすい環境を作るか。

会社に価値を生み落とそうとしてくれている社員たちに、会社はどう価値を与え続けられるか。

 

「デストロイヤー」をわざわざ意味のないルールで細かく縛っていく会社は良くない。

縛るルールを作り続ける先に見えるのは、永遠と続く「デストロイヤー」との対決しかない。

そんなのは時間の無駄である。

 

会社は社員に価値を一方的に与え続けるだけの組織だと勘違いしている社員に、ルールで縛って考えを変えさせようようなんてことに時間を割かなくていい。

それより、価値のある人材にいかにのびのびと働いてもらうかを考える。

そういった会社は価値のある人材に愛されるし、その愛が仕事にまた還元される。

営業職なら、自分の会社を顧客に対しても一番魅力的な形で伝えてくれるし、彼らの会社に対してのコミットは、顧客との信頼関係という財産をも作り出してくれるだろう。

技術職なら、きっと「デストロイヤー」のそれとは天と地の差がある出来上がりの物を生み出してくれるだろう。

 

そして何より、会社に愛を持っている社員というのは、外部の人間からも魅力的に映る。

そういった人たちに費やした時間は価値のあるもので、未来へ続く道となる。

 

私は「価値のある人材」に愛されるチームをここで作っていきたい。

 

(2018/3/5 :ベトナム2年目間近の意気込み①)

「しなきゃダメ。」の大半はしなくていいこと。

長年やってきているのにも関わらず、なかなか上達しないことって、あるだろうか?

また、やらなきゃダメだと思っているのに、なんだかんだ始められてないことは?

 

私にはある、それは「英語」だ。

長年やってきているのに、今だに瞬時に文章を組み立てるのが本当に苦手。

ネイティブの早さには付いていけない。

 

もう英語はいい、あきらめた。好きじゃないもんは頑張れない。昔英語してたのは日本以外の他の世界を知りたかったから。ちょっと話せるくらいだったら、あとは自動翻訳で生きていくことにする。そうする方が他のやりたいことを思う存分できる。

 

昨日ツイッターでも宣言したことについて。。

 

 

私は物心ついた時から、いつか海外で働きたいと思っていた。

そういった憧れの原点は、アメリカンポップである。

中学校からBritney SpearsとChristina Aguileraをヘビーローテションしていて、外国人は日本人と違って過激な歌詞とか、MVとかを平気で作るので、文化の違いって面白いなーかっこいいなーと思って聴いていた。

 

 

大学も、英語や外国の文化を学べる外国語大学に進んだ。

でも、そこで分かった。自分は英語があまり好きじゃないかもしれない、ということに。

 

私はどうしても英語の単語をひたすら覚えたり、時間をかけて読解訓練するのが嫌いだった。

映画も、わざわざ勉強だと言って、字幕抜きで見ている人の気が知れなかった。

私も勉強しないと、と思って字幕抜きで見てた時代はあったけど、結局映画は中身を楽しむものなのに、わざわざ英語で時間かけて見てたらシラケると思い、結局字幕付きで映画を見たり。

 

そんな感じで学生時代は勉強より違うことに精をあげることとなった。

たとえば、英語を勉強するなら、ボランティアで外国人に日本語で日本語教えながらその人の国の郷土料理とかご馳走してもらう方が何倍も楽しかった。

割烹のバイトで着物を着て、外国人と交流する方が楽しかった。

 

とまぁこんな風に、正直英語の勉強より、そういう学外活動の方が色々楽しんでいた。

 

そこでふと思った。私が英語を勉強している理由って、なんなんだろうと。

 

確かに海外で働くにあたって、英語というものは必要不可欠。

だけど、オンデーズに入って海外に行けたのは「英語」が話せるのは大きい理由でなくて、「やる気があったから」だと思うし、留学もしっかり行ったことない私は、その頃英会話が本当はとても苦手だった。

 

初めてシンガポールで研修に参加した時なんかは、英語が全くわからないし、ましてメガネのことだから専門用語だらけで、

終始「???」という状況だった。

 

でも今はそれにも慣れて、メガネの専門用語も分かるし、スタッフと会話するのも仕事するのも、全て英語で全く問題ない。

必要最低限は、働いているうちに身につけた。

そう、話せなくても行ってみたら慣れるからなんとかなったのである。

 

ここで、さらに「いや、まだまだビジネスレベルにならないと。。」とか言って、勉強する必要ってあるんだろうか?と思いながらも、心の中では「まだまだ拙いからダメだ」という、『英語話せないとダメ』と言う潜在的な日本人マインドに惑わされ、上達したいのにできない自分に、自信を失いかけたことも何度かあった。

 

だけどここ数週間前に、ふとしたきっかけで音声入力でラインをするようになってから、考えがだんだん変わっていった。

音声入力が思いの外便利だったので、google翻訳も音声で使うようになったのだ。

 

 

「英語力」はGoogle翻訳に丸ごと任せよう

 

Google翻訳は本当に優れもので、文法に気をつけながら日本語を入力するだけで、一発で綺麗な英文が出てくる。

逆に、今度は英文をGoogle翻訳に音声入力で入れられれば、長文でも綺麗に訳してくれる。

(自分は中学から大学くらいまで、洋楽ばっかり聴いたり歌ったりしていたので、発音はなんとかなる。)

 

この条件下で、本当に「ビジネスレベルの英語」いる?と思い始めた。

 

確かに、日々の仕事の中で、契約書などの英文書類を読まないといけない場面が多い。

自分で英文の書類を何枚も作らないといけない場面も当然ある。

だけど、結局ネットに転がってるサンプルを使うとか、右手にiPhoneを置いて、音声入力でGoogle翻訳すると、自分の頭でわざわざ文章を1から考えなくともすぐ出来上がってしまう。

 

そこでやっぱり思うのだ。

「ビジネスレベルの英語」、いらないな。っと。

 

 

「英語力」をつける目的って何?

 

じゃあ、なんで私は今までずっと「英語はペラペラになるまで勉強しないと。」と思い続けていたのか。

 

考えて見た結果、それは

1.「スタッフとの意思疎通のため」

2.「英文で読めない文献がある」

3.「他の国の文化も知れるから」

という目的。

 

まず、「スタッフとの意思疎通。」

程度には寄るが、今の所私が働いている場所はベトナム。

正直そんなに英語のレベルは問われない。

しかも、今は仕事でも問題ないレベルには到達しているので、そこまで高いレベルの英語をさらに身につける必要性が見出せない。

 

「英文で読めない文献がある」

これから翻訳、通訳機能は発達していくから、わざわざこちらから長い時間をつかって勉強することでもない。それなら今自分が興味がある分野についてとか、仕事について学び、翻訳機能を使ってそう行った情報を日本語で手に入れていく方がやりやすい。仕事も翻訳機能使う方が早い。(ベトナム語のWEBサイトを日本語翻訳でネットサーフィンすることも可能。)

 

「他の国の文化も知れるから」

これは自分が外国語大学に行った理由の一つでもある。

だけど、英語が話せる国っていうのはそんなに実はないし、話せたとしても「ビジネスレベルの英語」はいらない。

むしろ、私の興味のある一般庶民の方々というのは、英語が話せない人が多いし、それよりも現地語を少し話せたほうが文化を知る機会が多くなる。

無論、取引先の人と話す時も、今の英語力で事足りる。

 

 

そう考えると、私の「英語」を学んでいた目的というのは、実は「英語を勉強する」ということ以外で解決されることがほとんど。

私のこの目的だと、正直今必要なのは、

「日常会話程度の英語」

「現地の文化や人を知るための現地語を少し」

「複雑な外国語を理解するための翻訳・通訳ツール」の3つのみなのである。

 

ならば、「英語」をコツコツと勉強することがそもそも嫌いなのに、中途半端に続け、苦手なことに悩み、自分の時間を潰す必要は全くないことに気づく。

 

だから、もしあなたが「英語」を勉強するのが苦手で、そもそも継続できないなら、まずは早急に「英語を勉強する目的」を洗い出した方が良い。

 

継続できないのは、私と同じで「英語を勉強すること」自体が好きじゃないから。

 

「目的」の部分が、あなたの本当のやりたいこと。

 

その「目的」に沿うやり方が、他にはないかもう一度考えてみてほしい。

それが英語を勉強することより効率がいいのなら、別の方法を選んだ方が、むしろ時間の有効活用になるのだ。

 

 

ちなみに私の場合、自分のしたいことが英語ペラペラで無くても問題ないので、勉強しません。

する時は仕事上必要な時、それだけ。と心に決めた夜である。

 

欠陥があってもいい、大事なのは好きなことをとことんやること。

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。
最近思うことは、結局人って周りの助けがいるってこと。
自分一人でやろうとしたら、うまくいかない。
自分に多少欠陥があったっていい。その欠陥をどうにか治す努力を何年も続けるより、得意なことにとことん長けてる、つき詰める人になればいいんだ。
欠陥なんてものは他の誰か、チームの一員が埋めてくれる。
そうやって助け合って組織っていうのは機能する。
リーダーに一番必要なのは、とにかくやりたいことを突き詰めてやる。
一心不乱に自分の好きなことを、得意なことを深く幅広くやっていく。
実現したいこと、目指したいことを言葉にして訴え続ける。そして実行していく。
そうすると、気づいたら周りで助けてくれる人がいるんだ。
やりたいことをする上で、自分に足りない部分を助けてくれる人が。
そうした人には、「この人になら付いて行きたい。」「好きだから支援していきたい。」そう思ってくれている人たち。
そう言う人たちをすごく大事にしないとダメだ。
私は生きていてベトナムに放り出されて、何もないまま作り出さないといけない場面に直面するまで、自分が頑張ればある程度の問題は解決できると思ってた。
たとえ自分では解決できないことがあっても、それは自分の力が及んでいないからであって、他人の力を進んで借りることはしなかった。
でもそれがダメだったんだな。
欠陥があってもいい。自分の芯の部分と、みんなを大事にする気持ち、そして何より自分の好きなこと、やりたいことを徹底してやること。
それをすれば、周りにはこの人のために自分も頑張ろうと助けてくれる人が必ずいるもんなんだ。
そしてその人たちと自分が信頼し合っていれば、組織というのは強くなっていく。
これはここ数ヶ月前に気づいたこと。今はその芽が出て、すごく仕事がスムーズに進むようになったし、もっと周りを大切にしていきたい。
周りを大切にしていけば、その人たちに対する見え方も、その人から私への見え方も変わってくる。
助けてくれた時は、本当に愛情とも言える感情が芽生えるし、私もこの人たちに何をしてあげられるかなって考えるようになれる。
そういう心理の中で、信頼が深く深くなっていく。
人は一番大事な部分。これは本当のことなんだ。
これが最近身に染みて感じた日常のできごと。

直接的なロスと間接的なロス

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。

 

 

自分たちの上司やマネージャーの仕事は一体なんなのか。

当然人それぞれやるべきことがあるんだと思うけど、とても重要なのは、彼らがやっている仕事自体より、マネージャーが持つべき“責任”の在り方を理解しているかという部分である。

 

最初に言っておくと、この“責任”というもの、私は今まで全く理解していなかった。

理解してなかった中で、数々の失敗を経験し、その失敗を通して、“責任”がどんなものなのか最近は目に見えて分かってきた。

 

私が思うマネージャーの“責任”というのは、自分たちで判断した事を成功に導かないといけない、という直接的な結果への”責任”、というだけのことではない。

一見売り上げに何も関係のないような自分の行動、やり方、そういう普段何気なくやっていたことに実は問題がある場合、その積み重ねが、違うところで思いがけないロスになっていたりして、そのロスは会社の利益に潰し、知らず知らずのうちに自分を苦しめることになる。

つまりは、その間接的なロスを起こさないという“責任”、もあるということが分かってきた。

 

自分はそれで最近大きなミスをしたというか、今までしてきたことがミスだったことに気づいた。

GMになってから、兎に角ナメられたら終わりだと思って、自分がこうだと思うことをやってきた。

例えば何かアイデアが浮かんだら、それをブラッシュアップし、店長会議にかけ、意見をきき、修正し実行する。

ごくごく当たり前だと思っていて、そうやって店のプロモーションや店内のPOPのデザイン変更だったり、オプションレンズの基本的なおすすめ方法だったりを決めてきた。

店長も全てに納得していると思っていて、そこで決めたことは店舗で問題なく実行されるものだと思っていた。

 

でもその物事の決め方が実は間違っていて、店長たちの仕事の幅を狭め、さらには彼らの“責任意識”をも削いでいたのだ。

 

どういうことか説明しよう。

例えば店長会議で決めたことが、実際行動に移してみると、なかなかうまくいかない、すぐに結果が出ない時がある。

その時、店舗のスタッフが、その決められたこと、例えばプロモーションの実施目的、狙っている目標まで把握していたのなら、

「ここはこう変えた方がいい、こういうところに穴があるから辞めた方がいい。」など、会社が意図する目的に沿った意見が店長へ行くと思う。

 

店長は、その意見やアイデアを集めて、自分なりに整理し、店長会議でこれからどう修正して行くか、あるいは辞めるのか再度話し合い、そこでの修正や決定を店長が店へ持って帰るといったプロセスなる、というのが私の理想だった。

 

でももし店舗スタッフがそのプロモーションに対する本質的な実施目的や目標を深く理解せず、ただただマネージャーから言われたことをやっているだけになってしまっていたら…。

そうなれば、彼らは私たちの協力者ではもうなくなってしまう。

 

そのプロモーションをするのに作業工程が増えてしまった場合、きっと彼らは面倒臭いという理由でやらなくなるだろうし、

やったとしても、どこかアラが出てきて、100%やった上での結果が見えてこないという自体に陥る。

または、やる目的が伝わっていないので、そもそもそのプロモーション、アイデア自体に対する反発が起こるかもしれない。

そして実際にそういった反発が起こったことが数回あり、店長を通さず私に直接上がって来た事もある。(プロモーションに限らず。)

 

では何故、会議で共有したはずのことが、本質的な部分までスタッフに伝わっていなかったのか。

 

それは何かを決める時の私自身の行動に原因があった。

そもそも、『私のアイデア→会議で意見をきく→実施する』 という一方通行なやり方をしていることに、問題があった。

正しくは、『達成したい目標を共有する→それを達成するためのアイデアを店長に聞く→彼ら自身に議論させる→決めさせる→実施してもらう』 なのかもしれない。

 

最初のやり方が問題なのは、それをしてしまうと店長がただの伝達役になってしまうことが多いからだ。

『意見を聞く』というプロセスがあるものの、元のアイデア(戦略)は私発信のものになってしまっていて、

そうすると店長は私一人のアイデアからしか意見を出すことしかできない。店長の考える幅を狭めてしまっていたし、

そのアイデアに対する問題意識、愛着も湧かない。

更には、もしかしたらそのアイデア自体に問題があるかもしれないのに、「そのアイデアありき」での意見しか集まらないので、その議論自体が時間のロスになっている場合がある。

 

結局意見は意見、そのアイデアの実施責任は私一人に集まり、店長にはない。

何故なら大元が私なのだから。

 

責任がない状態だと、やるべき本質的な理由が表面的なものになってしまい、店長がスタッフにしっかり説明できず、結果、こちらが意図したように彼らが行動を移してくれない。

スタッフから何か反発が起こっても、伝達役になってしまっている彼らは、反発をコントロール(答えること)ができず、そのまま私へと上がってくる。

会議の時に一度説明しているのにも関わらず、元は私のアイデアからの一方通行だったので、反発も一方通行で帰ってくるのだ。

店長というフィルター(説明責任)がうまく機能していない状態になってしまっていた。

 

 

では、後者のやり方はどうだろう。

責任を店長に押し付けているような風に見えてしまうかもしれないが、実はそんなことはない。

当然、ディスカッションが目的に反した方向に行かないように、私がその場面場面で軌道修正役に回る必要がある。

だけど、基本的には達成したい目標・目的だけ共有し、あとのアイデア(戦略)は確かな現地感覚、現場を担っている店長たちに一から考えてもらうのが一番効率が良く、成功する確率も高いと思う。

また、こちらの方法の方だと、店長の方にも、「自分が何かを決めているんだ」という当事者意識が湧き、その意識が責任感に繋がっていく。そう言った状況では、たとえスタッフから反発があったとしても、結果店長というフィルターが上手く機能していくのだ。

 

リーダーは決めることが仕事と何度か見聞きしたことがあるが、それは一番重要なことではなく、

アイデアをいかに現場に近いところから出させ決めさせ、実際に実行に移す側に責任意識を持たせる、という部分が、何かを実施するにあたって一番重要な仕事の一つなのではないかと思う。

 

この部分がとても重要なのに、今の自分はここがで出来ていなかった、穴があったと私は思う。

そしてこの穴というのは実際問題見つけにくく、実は間接的な部分で大きな時間とお金と労力のトリプルロスになっているということに気づきにくいのではないかと思う。特に、私のような経験のない若い人の場合は。

 

自分の行動のアラというのは、結果どこかに結びつく。

逆にいうと、そのアラに気づき、改善していくことで、今度はそれが良い結果に結びついていく、ということでもある。

 

間接的なロスを知ること、これはマネージャーの責任の一つであり、これから最も気を使っていかないといけない部分だと深く実感した今日この頃である。

 

 

お金の固定概念を捨てること。

ここ最近毎朝、毎晩寝る前はいろんな経営者や専門家のブログを読んだり、音声プラットフォームのアプリを使ってハンズフリーで情報を得たり(ベトナムのドン遅3Gでも問題なく起動できるのがスゴイ。)、時間があれば、可能な限り何かしらの情報を得られるようにしている。

その中でも特に、信用経済や仮想通貨など新しいものができてくる中で、「未来の経済・お金」というものについてすごく興味があり、

この1週間くらいはそのことについて集中的に勉強した。

基本的には、ブログやWEBサイトなどでの情報収集なのだが、

個人的にかなり分かりやすく、勉強になった本があるので、紹介しておきたい。


お金2.0 新しい経済のルールと生き方

こちらはTime bankを運営する経営者の方が書かれた本。これまでの「お金」の常識を根本から覆すものである。

扱っているテーマが理解されにくい新しい概念なのに関わらず、私が1週間で無造作に得てきた情報がうまくこの一冊に整理されており、未来の「お金」について今から学ぼうと思っている人にとってでも、すごく分かりやすい内容となっている。

内容としては、今まで重視されてきた「お金」というものに対する価値観の変化。資本主義が限界を迎え、価値主義へと変化すること。

また、これまで国が中心に立って運用してきた「法定通貨」の経済に対し、今度は企業など、個人レベルが通貨を発行し、独自の「経済」を様々な場所で個々に持つことができるようになって行く、という分散型の世界への移行。

これからの「経済」がどう変わっていくかを分かりやすく知ることができ、老若男女問わずおすすめしたい一冊である。

ちなみにこちらは書籍であるが、実は私が読んだブログなどの情報でも、内容は違えど、元々のベースとなる考え方は同じだったりする。

そして、共通のベースとなる考え方を理解すると、少々難しく書かれた専門的な情報であっても、だんだんとわかってくるものである。

なので、これから未来の経済について調べていきたいという方は、こういった分かりやすいものをまず読むのでもいいし、もしくは基本的な情報が書いてある記事をひらすら検索して量をこなしながら読んでいくのがいいと思う。

最後に、一週間ほどかけてさまざまな情報を得て感じたことがあるのでここで共有しておきたい。

まず、今いろいろなところで語られているこういった類の情報はとても先鋭的なものであり、ほとんどの成熟した世代の方々には理解しがたいものかもしれない。

ただ、思い出して欲しいのは今のインターネットがある生活というのは、一昔前まで、私たち20代が生まれる前はあり得なかったこと。

だけど、今はそれが当たり前になっている。

その変遷と同じように今度は今の「お金」のあり方が変わっていく。変わった先にはさまざまな新しいイノベーションが生まれ、今の生活にも影響を与えていく。

その勢いは止まらないし、私たちはそれに順応して生活スタイルを自然と変えていくだろう。

それを今理解しておくと、私のような若い人はこれからどんな就職先を選ぶのか、どういう働き方をするのか、どうやって暮らしていくのか、5年10年後を見据えた準備を事前に始めることができる。

情報が秒単位のスピードで飛び交う今を生きる人達にとって、周りの状況が自然と変わっていってから自分も変わっていくようでは、損をすることが増えるかもしれないということを、私たちは知っておいた方がいいのかもしれない。



“ブログを書く”は思考の整理術

先日12月6日、ベトナムから一時帰国し、東京で行われた会社の忘年会に参加させてもらった。

 

自分はオンデーズというメガネを売る会社に勤めており、

この会社では、毎年全国のオンデーズスタッフと、海外からのオンデーズのマネージャー達が集まって忘年会が催される。

(こんな感じで毎年盛大に行われます。去年の忘年会、興味ある方はコチラ→https://www.odsaiyou.com/event/yearendparty2016/)

 

そして毎年一年の振り返り、盛りだくさんなイベントが実施され、一年を区切る意味で行われるこの忘年会だが、

今年は去年とは少し違っており、自分の今の最大の弱みが明るみになる出来事となった…。

 

 

 

…話は突然変わるが。実は自分は昔からモノを極端に難しく考える癖がある。

何かわからないこと、はたまたする理由が分からないのにしないといけない事に出くわすと、すぐモヤモヤ病にかかり、分かる誰かに分かるまで聞くか、時には長時間かけて自分で調べ納得してスッキリする、みたいな生き方をしてきた。

そういえば、内定者アルバイトとしてオンデーズでバイトしていた時も、教えられる人によってメガネの調整の仕方が若干違ったため、自分でメガネの調整ブックみたいな専門書を買って読み込み、その知識を教えていただいたやり方にミックスさせて、自分が納得した方法でメガネ調整をしていた。それくらいはっきり物事を知りたい欲求が昔からあるのだ。

こういうものだから、こうする。という考え方が全くできない。

そして一人で何か1つのことを考えている時も、その考えていることから派生した違う物事についてまた新たな疑問や考えが出てきて、疑問に疑問、考えに考えがと言った具合で大変なことになる。

最終的に、初めに考えていたことから全く逸れてしまってしまい、結局ちぐはぐのまま考えを頭に放置させていたり、

考えが溢れすぎて頭がごちゃごちゃしてしまっていたりする。そういうわけで、特に人に何かを分かりやすいように伝える、というのは実は私の中では一番苦手で問題となっていることなのである。

 

 

この問題を解決する糸口が見えたのは今年の夏、シンガポールでの研修に参加した時。「自分の考えを整理してしまえば考えがシンプルになって、人に何かを話して伝えないといけない時にスムーズに伝えられるから是非ブログを書け」と研修で言われた時、「まさに自分が実践すべきことだ」と思った。

自分の考えを整理されたシンプルなものにするために、そこからローペースではあるけども、自分の考えの中でその時に一番大きく締めていたものから文字に起こしてみることにした。

そしたら意外とモヤモヤと散らばっていた考えの、核の部分がいくつか見えてきた。それからはその核にある考え一つにつき、1記事といった風に思考の整理をしてみることにした。

そうしてブログを続けていると、思考整理がされていったのか、自分が重要だと思っていることがなんとなく固まってきた。

今までバラバラだった考えがひとつに纏まりだし、その方向性にあったアイデアも出てくるようになってきたのだ。

そして更に、思考整理が目的だったのにも関わらず、有難いことに書いていた内容に共感していただいたのか、沢山の方に自分の書いたブログを読んでいただき、記事をシェアしていただいたりすることも増えていった。その中にはまだ会ったことのない人もいた。

自分の考えで誰かに共感してもらったり、影響を与えることができていると、とても嬉しく思った。

思考整理をして、スムーズに自分の考えを人にインスパイアできるようになる、という目標に一歩近づいたと思った。

 

そしてそれは今年の忘年会でさらに再確認することになった。

たくさんの人に「ブログ読んでます」、「若いのにすごいですね」などなど、有難い言葉をもらい、しかもそのほとんどが今まで会ったことのない人だった。

今までの人生の中で無かった経験、驚いたしすごく嬉しかった。

自分の体験や考え、これからしたいことを文字に起こして、それが会ったことのない誰かに少なからず影響を与えられていると知り、すごく興奮を覚えた。そして何より、会った事のない人とたくさん話せる機会を得たことが嬉しかった。

自分の考えをネットを通じてシェアしたことが、会ったことがなくとも多くの方と話せる機会を作る要因になったと思う。

それが去年の忘年会と、今年の忘年会での自分にとっての大きな違い。

 

こんなに会ったことのない人に話しかけられたのは人生で初めての出来事かもしれない。

しかし同時に、それは自分の弱さにも気づいた出来事でもあった。

そう、文字では頭にある自分の伝えたいことを起こせるのに、実際会って誰かに自分の考えを伝えて、影響を与えるというのがすごく難しいと感じたのだ。

この時お話させていただいたほとんどの方に、何一つ新しい影響を与えられなかった。

忘年会は社内イベントなので、初めて会うと言っても、それはほとんど全員オンデーズ社員。これからいくらでも一緒に仕事する機会はあるだろう。

しかし社外の人はどうだろう。

会う機会は今もあるし段々とこれからも増えていくというのに、会った時に何も影響を与えられないのは本当にダメだと思った。

最初の対面で勝負を決めなければいけない場面もあるだろう。だけども、最初一回目の対面でこの人は一味違う、熱意がある、面白いと、果たして自分は思わせられるだろうか。(実際一味違うか違わないかは置いておいて。)

一回しかないチャンスでどれだけ相手からの信頼を得られるだろうか。

結局自分の熱意や考えは、その人の口からうまく伝えないと、意味がない。

十年後までこの人についていきたい、助けたいと思わせられる人間というのは、会うたびにその人にしかない何かを直接与えることのできる人間、また、初めて会ったとしても何処か一目置かれるような人間なんだと気づいた。

そしてそれが今の自分の課題であり、自分の弱さでもある。

 

常に自分自身の思考整理ができている状態を作り、自分を全く知らない人に会ったとしても、自分の考えやアイデアでインスパイアし続ける。リーダーには必要不可欠な能力。

この弱さを改善する方法はなんとなく分かる。そしてこれについては徐々にもう実行を始めている。

でも今はこれについてはなんとも言えない。前にも書いた通り、“とりあえずやってみて” 気づいたことがあれば

またここに書いて見ようかと思う。

 

私がOWNDAYS(オンデーズ)で働く理由。

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。

 

大学卒業→就職→教育を受ける→上司からの指示を受けながら徐々に仕事を覚えていく→段々仕事のできる範囲が広がる。→昇進する

これが私の一般的な新卒入社のイメージ。

 

そして私もそんな新卒入社。もう長いこと前から色んなところで働いている謎の感覚があるけれど、そういえば私はまだ人生で、一つの企業でしか正社員としては働いたことがない。

それが今いる株式会社オンデーズという会社。大学を出てからすぐ入社した。

メガネ店だから現場を知るために最初は全員販売員として店舗で働く。

基本的なメガネの知識や接客に関してのトレーニングは、入社後最初にまず受け、店舗では販売員として、メガネ選びから検査やメガネの加工もしたりもする。ここまでは教育制度とか諸々でみんな仕事ができるようになっていく。

 

けれどオンデーズでは言われるがまま自分の今の仕事だけを一生懸命店でやっているだけじゃ一生昇進できない。たとえ店長に個人的に気に入られていても、エリアマネージャーに気に入られていても、誰よりも誠実に真摯に5年働いても、次の査定で勝手に何かのポジションを与えられることはない。

ここは他の会社と全く違う部分かもしれない。

私たちは、自ら手をあげて、「これがやりたい!」と主張する。店長でもなんでもそう、ほとんど全てのポジションにおいて、公募が掛けられ、私たちは立候補し、見事当選すると、昇進となる。(または違う部署への異動ということもある。) どれだけ仕事ができる人でも、手をあげないことには何もないという面白い制度である。

会社の成長スピードに合わせて色んな新しいポジションが高速道路にいるかのようにどんどん舞い込んでくる。社員はみんな、それを逃せないチャンスとして、目を光らせて待っている。

店長、エリアマネージャー、新しい部署の担当者、海外事業出店国の責任者も。

全て立候補制で、こんな新卒でも手をあげることができるし、役員の人やマネージャー達がいる目の前で、公にプレゼンによる意思表明をすることができる。

そしてその中から本当にやる気のある人、こいつはできるとみんなに認められた者だけがそのチャンスを掴むことができる。

私の周りにはそうやって新しい世界への切符をつかんだ人がたくさんいる。店長、人事部、海外店舗トレーナー、新卒もたくさんいる。経験も何もないけど、熱意とやる気で掴みとったのだ。(私の同期はこの制度を利用して、自分のやりたいことに挑戦している人がめちゃめちゃいる。たくさんいて実は誇らしい。)

 

そのポジションを勝ち取ったあと、何をするのか、どうやって働くのか。

それは、自分がこうだと思うことをやる、それだけ。細かい指示なんてない。立候補したときに「こうしたい!!」と意思表明したことを軸に、あとは全力でやる。それだけ。

そうはいっても、とくに新卒にとっては分からないことだらけ。別にこうしろという細かい指示があるわけでもない。企業としてやっちゃいけない常識とか事前にしっかり知らされることはないし、トレーニングなんてない。だからやらないといけなかったことに気づかなかったり、やって行くうちに後から必要だったと気付くことも日常茶飯事。「マジか。」と声に出しちゃうような失敗もたくさんしてしまう。

 

ふと、違う企業で働く自分を想像することがある。

何をすればいいかとか仕事のコツとか色々教えてもらうのかなーとか、順序だって必要なことを教えてくれるのかなーとか。そうやって教えてくれればこんな重要なミスもしなかったのかなーとか。

そして同時に就活してた時のことを思い出す。「店でまずは働いて、最短3年で店長になれる考課があります…」「教育制度が充実してます。入社研修後も先輩によるOJTが…etc」という人事担当からの説明会での甘い言葉。

だけど、よくよく考えれば自分は誰かに教えられてその通りやっていくのがあまり好きじゃない。言われた通りのことを長期間やるのも好きじゃない。やりたいことがあって、勉強してから自分でとりあえずやらせてもらって、どうしていいか全然分からない場面に遭遇したときにその都度聞いていた。

それは日本の店舗で働いていた時もそう。失敗してから失敗だと気付いたことも多々あったけど、その分心から「マジか。」と思えたし、失敗して得た知識や感覚はずっと頭に残る。なぜそうしないといけなかったのかとか、セオリーの本当の意味も、自分がやりたくてやって失敗したことだから身に沁みて理解できる。そのセオリーを無視したらどんなしっぺ返しが待ってるのかも、失敗したからもう分かっている。

 

確かに何も知らない新卒には、1から教育して、ビジネスのこと、仕事のやり方を教えていくのは、下手な失敗はしないからいいかもしれない。教育した若い者が成長して、見込みのあるヤツをマネージャーにする。将来の安定したマネージャーを作るのに効率がいいかもしれない。

だけど、そうやって教えて教えてを続けていると、何も考えなくなる。今自分がやっていることが会社にとって何を意味しているのかも、分からないままになってしまう。自主性や野心も損なわれる。

いや、多分やっていることが何を意味しているかは上司から教えられているのだろうけど、身に染みて「これマジ大事。」 と思うことはできない。何故なら自分でやりたいと決めてやってみて、得た知識じゃないから。

 

当然失敗しないように頑張るのは当たり前、でも何か新しいことや経験のないことをするときはどうしても失敗してしまう。これで完璧!と思っても穴があったりする。

自分でやりたい!やる!っと思ってやってて何かで失敗したと気付いたとき、すごく落ち込むしストレスがかかる。でもその時に感じる、「マジか。」という衝撃が、私の中では一番成長しているとき。それが起こったとき、一皮でも二皮でも剥けることができるし、巻き返しへの熱意は最高潮となる。

 

私はオンデーズでのこの働き方がとても好き。ここでしか経験できないことを経験させてもらっていると思う。一週間前にも台湾に行かせていただいた。(オンデーズの店舗は台湾にもたくさんあります。30店舗以上。)

そこで感じたことは、もっと早く来るべきだったということ。これをもっと早く見ていたら、もっと早く自分の弱さに気づいていた。ここでは詳しく書かないけれど、新しいことはスピードを上げてどんどん経験して見て行かないと自分の皮を剥け続けられないと思った。

いつか行きたい、いつかやりたい、と思っていることは、早急に実施したほうがいい。実施して、想定外の何かに遭遇して、失敗して学んで、心から「マジか。」と呟けばいい。そうして一皮剥けて、またワンランクアップした自分のやりたいことを繰り返しやって行けばいい。

 

そんなタフでエキサイティングで普通とちょっと違う経験を積みたい方は、ぜひオンデーズで一緒に働きましょう。

アドレナリン出まくりますよ。

 

小刻みにハイスピードで歩く【目標の持ち方】

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。

 

自分への戒めになりますが、目標を常に自分の中で明確にしていないと、本当にダメになる。

逆に小さくても明確な目標があると、達成できる率は高い。

 

私は去年入社して2カ月で初進出予定だったベトナムのGeneral Manager(ベトナム責任者)のポジションに立候補した。(私が所属するオンデーズという会社は、店長・エリアマネージャー・海外責任者等、全て立候補制で決めるユニークな会社です。

詳しくはどうぞ→https://www.odsaiyou.com/overview/

なぜ立候補したかというと、同期の誰よりも早く海外に行きたかったし、海外で働いて普通じゃ経験できないことを人よりも多く、早く手に入れ、オンデーズの海外展開の中心に近づきたかったから。

この「海外にとりあえず早く行く。」、というのはオンデーズ入社前からの目標。

その目標を達成するには今来ているチャンスを逃すのはもったいないと思って即応募した。

私にとって一番ストレスがかかるのは経験したことないことにチェレンジする一歩を踏み出す時。でもこの一歩を踏み出せば、意外とその後はストレスがやる気に変わることを知っているから、即立候補できた。

立候補のメールを送った後は手が震えたけれど、やるしかないと思いベトナムのことを調べ始めた。

 

立候補してプレゼンもして、結果ベトナムに行かせてもらえることになった。

自分の一つの目標が叶った時。

でもそれはGMとしてではなく、店長をサポートする副店長のような立ち位置だった。嬉しかったけど、同時にすごく悔しい経験でもあった。

 

そこから私の目標は「早くベトナムのGMになること」になった。

でもやんわりとその目標はあったけれど、具体的にどうするとかいう目標はなかったような気がする。ただ目の前に転がってくる初めての経験をこなして、こうだと思うことを店舗で必死にやってきた。

その時はGMになれなかった悔しさと自分が頑張ってオンデーズベトナムを良い店にしていく!という闘志でいろいろやらかしてしまったことも、そういえば沢山あった。

最初何をしていいのかも分からず、やらないといけないことを覚えながらやっていたら、もう半年以上経っていた。

 

正直、この半年何をやっていたんだろうと思った。店舗運営をするうえで、たくさん初めての経験をさせてもらった。分からないことだらけで、現場には居ない“誰か”に聞くか、特にベトナムのルールに関する部分は、自分で解決するしかなかったから、問題解決能力も向上したと思う。

でも、GMになりたいという思いはあったものの、GMになれる基本的な知識は何も身についていなかった。GMになるには何をしたらいいのかもあまり考えてなかったかもしれない。

大きい目標が一個ドンとあるだけで、具体性がなかった。

 

それに気づいたのは今年に入ってすぐGMの異動があった時。他国の出店数が多くなる関係で、GMの入れ替えが急遽決まった。正直これはチャンスだった。自分が次のGMになれるチャンス。でもなれなかった。

とても悔しかったし、自分の将来が曇り始めた瞬間だと認識した。その頃の私は顔が死んでいたことだろう。

 

でもその出来事が起こって、自分に明確な目標ができ始めた。

どうしたらなれるのか。自分には知識がない。基本的な知識を身に着けて、自分がここに赴任してから一年目になる、8月までにGMになる!そう決めて元GMの先輩にはその思いを伝えた。

 

それからは働き方がガラっと変わった。勤務後も会計や人事に関する事務的なことも勉強するようになった。その時点でベトナムの店舗しか長い間見てなかったので、タイの店舗を見に行ったり、マレーシアに偵察に行ったりもした。ベトナムは検閲が厳しいので、タイやマレーシアで仕事に関する本も仕入れてきたり。

「7月20日」までに基本的なGMの仕事は全部できるようにする。そう決めて4月からアクセルを踏み出した。

 

気づいたら元ベトナムGMの先輩はオランダに行くことになってた。7月くらいだったと思う。

そして7月の終わりに、今度はやっとGMになることができた。

 

ぎりぎり一年。すごく遅いと思う。なれたのは嬉しかったけど、またちょっと悔しかった。

悔しくて悔しくて、今度はオンデーズベトナムを一番勢いのある熱い組織にして、ベトナム全土に広げていく、という目標ができた。自分や一部の人間だけで作るんじゃない。スタッフ全員を巻き込んで大きくなる組織。そんなイメージを常に頭におきながら仕事している。

 

昔は自分の思ったことをスタッフに言って終わり。ということが多かった。でも今は9割は聞く側に徹している。みんなが自分から臆せずアイデアを出すようになれば、組織がどんどん熱く熱くなっていく。これからはみんなのアイデアをたくさん仕入れて、もっとベトナムの人たちにオンデーズを知ってもらうようにしていく。

そのための明確な目標は小さいものがたくさんある。それを一個ずつ実行し続けていけば、気づいたらみんながオンデーズを知ってて、大好きな眼鏡屋さんになっているかも。

数日前にスタッフがマジで言ってた。

「コーヒーと言えばスタバ。だからオンデーズもそんな感じにしたいんや。」と。

私はその言葉に感動してしまった、、、。私だけじゃない、スタッフもそう思っていると。

23歳のちんちくりんだけど、闘志と負けたくない気持ちとオンデーズベトナム愛は誰にも負けない。

 

話がオンデーズベトナム愛に傾いてしまったけれど、私が言いたいのは、やりたいことがあるのなら、ふんわりやりたいままにしているのは時間が勿体無いという事。

だからもしやりたいことがあったら、やりたいそれで終わりじゃなくて、一歩踏み出して、明確な目標をまず自分で決めて欲しい。小さい目標をいっぱい決めてこなしていくのもいい。それさえあれば、自分が想像していなかったところまで気が付けばたどり着いている。

難しく感じるのはやる前だけ。

 

常に小刻みにハイスピードで歩いて行こう。

 

英語云々より、自分の「夢」にどれだけ情熱を持つか。【海外で働きたい人へ】

こんばんは、メガネのOWNDAYS中谷です。

今日は自分の過去に触れて少し書いてみようかと思います。

 

「海外で働く=英語話せる」という図式。

 

これにより、友人・親戚・同僚から、「英語ペラペラなんだね、いいなー。」等々、言われてしまうのは、海外で働かれてる方のあるあるだと思っているのですがどうでしょうか。

特に自分の大学時代。

外国語大学に通っていたためかよく周りから、

「英語話せるなら海外で就職できるやん、将来は外国人と結婚するの?」みたいなことを、定型句かのように言われ続けてました。(主に親戚・他大学の友人から。)

そのたび、その方々の、「英語話せる=海外で働く。住む。」という謎の思考回路に、私はいつもハテナを浮かばせながら、笑ってその場をやり過ごしていた気がします。

 

「英語が話せない人は海外で働く選択肢はない。」

周りで就活している他学科他校の友人もほとんどこの常識で動いていました。IT企業に就職したい、給料が高いところがいい、などそれぞれ基準は持っています。しかし、決して日本の枠から出ることはない。出よう者がいるなら、「じゃあ英語が話せるんだすごいね。」という結論になってしまう。そして周りのそういった常識に、おかしいと思いつつも、私は少なからず影響され、落ち込むことがあったのも事実です。

何故なら私は、外国語大学に行っていたとは言え長期留学もしておらず、みんなが思うように英語はペラペラではなかったから。

 

海外で働きたい。その気持ちは大学に入ったころからありました。

しかし大学中盤で、自分の学力が足りず留学に行けなかった時、ショックでやっぱり日本で就職しよう、となった時がありました。

そのまま就活の時期も近づき、海外に日本のモノを流通させる貿易会社に魅力を感じ、そこで働こうと徐々に妥協し始めました。

 

さてその頃ですが、“昔の知られざる歴史。戦前の秘蔵映像。教科書に載らない歴史の事実。”

そういう類のものが好きで、Youtubeで関連映像や映画を見たり、記事を探して読んだりをよく日常的にしていました。(今もしています。)

 

そしてちょうど、ある話が自分に影響を与えてくれました。

それはカナダ・ブラジル・ハワイ等異国の地に移住した、日系一世にまつわる話です。

 

彼らは100年以上前の日本人です。かつて日本に住み、当然日本語しか話せなかった。けれど外国では大金を稼げると信じ、たくさんの日本人が日本を離れ、外国に夢を抱いて旅立っていった。しかし実際は思い描いていた桃源郷では無く、人種差別等の壁に道をふさがれるときもあった。しかしお金をかせぎ、家族を養うため、それぞれの目的があるからこそ彼らは立ち向かっていき、今の日系二世、三世まで続いている。

 

目的・目標があるなら、言葉が通じなくとも、逆境があろうとも関係ない。生きる力、情熱が凄まじいと思いました。

 

この人たちに比べたら、自分はなんてちっさい考え方で生きてるんだと思いました。自分の目的・目標があるなら、夢を抱いて突き進めばいいじゃないか。

今自分が妥協しようとしてるのは、自分に自信がないから。海外につっこんでいって失敗して恥ずかしい思いをしたくないから。たったその思いだけで本当にしたいことから目を背けるのは、全然情熱的じゃない。つまらない人間のすることだ。

 

私がしたいことは、自分の知らない世界の裏側や仕組みを知り、知識を蓄えること。その知識を使い、作り上げた何かで、できるだけたくさんの自分以外の“誰か”に価値を与え続けること。死んだあとも、語り継がれるようなビッグな人間になること。 その夢をかなえるには、日本という狭い領域に縛られていてはダメだ。

 

その後にもいろいろ自分の考え方を変える、成長に繋がった出来事がちらほらあり、

最終的には、すぐ海外に行けるチャンスがあると知り、オンデーズに入社。

そのあと2カ月で、海外に行くことが決まりました。

 

英語話せるということ自体が、別に大きなステータスではないと思います。それだけ持って、海外で成長していけるとは思いません。

むしろ英語話せなくても、自分の中でのやりたいこと、「夢」のために、海外で働くことが必須ならば、何も余計なことは考えず突っ走ればいい。行ってからはなんとかなります。

自分の奥底にある「夢」に正直に生きるか、妥協し先が見えるところで一生キープし続けるか。

 

一生後悔するよりも、かなり不安で、でもワクワクする方に突っ込んでいく。

それが私の成長の糧、そう信じて人生を謳歌します。